完璧主義をやめる〜自分のココロのクセと向き合い、Yes,and〜

少し前に、仕事である学校の先生とお話させていただいていたとき。その先生のまなびへの感覚が本当に心地よくて、コトバがグサグサと私のココロにささっていく不思議な感覚を体験しました。

グサグサというのは、悪い表現に見えるかもしれないですが、私にとっては、とても嬉しいコトバの数々で、『そうそう、そうそう、そうですよね〜!!』という、私の表現できないコトバを語っていただき、私のココロに開いている穴を埋めていくような感じでした。

いくつか、素敵なコトバや、共感ポイントがあったんですが、今日はそのひとつをご紹介します。

『完璧主義はダメですよ』

そう言ってもらえて、嬉しかった。

その先生には『私、結構、完璧主義なところがあって、しんどいんです。』と話の流れで言った時の返事。

いつもだと、ダメだとか否定されることに怯える私は、否定語を聞いて嬉しいと思えたことも不思議な気持ちだった。

でもたぶん、これまで『ちゃんとしなさい』とか、『うまくしなきゃ』とかそんなコトバや雰囲気に押しつぶされそうになっていたからかもしれない。

私のこのレベルだからダメだと言われたけど、他の人のこのレベルはいいの??そんな程度でいいの??と嫉妬してみたり。

あの人はあそこまでできているのに、私は何一つできていない気分で、ただただ劣等感を感じて、むなしくて、そのまま動けなくなったり。

『会社員だから』『社会人だから』とかそんな枠の中で、自分らしくあれない私に、私という人としてみてもらえた、そんな気がした。

いろんなお話の中で、私の中に染み渡って、自分らしくいることができた瞬間だったのかもしれない。

この一言をきっかけに、改めて自分の完璧主義な部分をYes, andしてみたいと思いました。

完璧主義なせいで(No, but)

・自分の高い理想のレベルでないと、納得できないから、そこまでできていないと、表に表現できない、したくない。

・私のこのレベルじゃダメで人様に認めてもらえない。

・あんなしょうもないことをしてるなんて、ありえないと批判。

・うまくできなかったときに、自分を責めたり、腹を立てたりする。

完璧主義ってなんだろうとさえ思うんですが、本当に完璧になんてできないのにね。でも少しずつ変化できてる気がするから、この記事が書けています。

完璧主義な(だった)おかげで(Yes, and)

・高い目標を見ることができているんだから、一歩一歩、自分の小さな目標を立てて、進んでいける

・得意分野においては、人よりできることがあるんだから、そんな自分を認めて、もっと伸ばしていこう!

・効率よくするとか、考える力があるんだから、もっとブログでも発信していこう!

この完璧主義になったルーツも考えてみた

私の完璧主義的な要素って、学生時代の勉強(学び)が大きく影響してきた気がします。

私はすごく勉強が出来たわけではないですが、それなりに勉強はできました。というか、以前からも書いていますが、なんか勉強は好きでした。(苦手教科はもちろんありますが)

私の学生時代(小学校〜高校まで)、テストでいい点数を取ることが勉強だって思っていたから、小学校はできるだけ100点に近い数字、中学校は、5教科合計が450点以上を目指して勉強していました。

もちろん、いい点数を取ることはすごくいいこと。とった本人は何より頑張ったことが証明され、ある程度の達成感やできた嬉しさ、わかる楽しさを体験できました。

でも100点を取れるわけじゃないから、できている!って感覚はなくて、まだまだできていないって感じでした。

それが私にとっては当たり前だったから、高校に行ったときはかなり戸惑いました。

一応、学区の中ではトップ校と言われる学校だったので、他の人がもっとすごくて、思ったほど点数取れないし、点数取れる人にちょっと嫉妬したり。笑

そんな学生時代があったからこそ、今の自分に気づけた!まさにYes, andしていこう!

The following two tabs change content below.
mariko

mariko

主体的な学びを引き出すファシリテーター。大学時代に教えるということに挫折し、教えるだけでなく、自ら学ぶ姿勢を育むことを大切にしたいと考えるようになり、子どもたちの主体的な学びを支援する、小学校や中学校へプリント教材ソフトを提供する会社に勤める。好奇心旺盛な性格を生かし、“楽しく学びつづける“ことをテーマに、ファシリテーションや心理学、学びの引き出し方をはじめ、その他の好きなこと(カメラ、旅、料理のことなど)を、わかりやすく楽しく発信している。 プロフィールはこちら