あらためてレジリエンスの重要性を感じた一日

最近、いろいろあってもやもやしてます。

普段はほとんど泣かない私が、数年ぶりに涙が止まらなくなって、自分でも驚いているのですが、次なる進化に向けたものなんだろうと、そのもやもやと向き合っていたりします。

これもまた、レジリエンスを学んでいたからこそ、冷静でいられるのかなと。

それが望んでいた方向に働くのか、それとも、、、思わぬ方向へ働く、、、何にも変わらないのかはわかりませんが。

レジリエンスの重要性をあらためて感じました。

泣くことも発散で、きっと必要

私は昔から人前で泣くのが苦手。(きっとこれもなんかある。笑)

私をよく知ってくれている人はよく泣いてるよと言われることもありますが、そうやって泣ける状況があるのは、私にとってすごく幸せなんだと。

最近はいろいろ穏やかに過ごしていたので、突然やってきた、この涙が不思議な感じ。

客観的に自分の感情と向き合う

久しぶりの大号泣なのに、こんなに冷静で見られているのは、いくつか理由があるように思う。

・ピンチがチャンスだってわかっている

私は、『ピンチはチャンス』って言葉が大好き。

過去のピンチの時の後には必ず、いいことが起こってきた。

そう信じている。

・自分の感情を切り離して、客観的に感じれた

レジリエンスでやるワーク。

起こった出来事から起こった感情を出す。

そこから自分の捉え方を知る。

今回も、不安とか正義感とか、相変わらずたくさんある。

でもやっぱり解決するには、聴き合うこと

やっぱり、近い関係になればなるほど、多分聴き合うことが難しかったりする。

遠ければ関わる必要がないしね。

私には多分、何かから逃げたくて向き合えなくて、聴いたふりとか、あからさまに聴かなかったりしていた。

とある人から言われて、すごく納得している。

何から逃げたいのかは、まだわからない。

少しずつ、少しずつ聴いていきたい。

こんなにも聴くトレーニングしてきたのに、最近聴けてないのは自分でもわかっていた。

聴けっていうことかな。

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mariko

mariko

主体的な学びを引き出すファシリテーター。大学時代に教えるということに挫折し、教えるだけでなく、自ら学ぶ姿勢を育むことを大切にしたいと考えるようになり、子どもたちの主体的な学びを支援する、小学校や中学校へプリント教材ソフトを提供する会社に勤める。好奇心旺盛な性格を生かし、“楽しく学びつづける“ことをテーマに、ファシリテーションや心理学、学びの引き出し方をはじめ、その他の好きなこと(カメラ、旅、料理のことなど)を、わかりやすく楽しく発信している。 プロフィールはこちら