ヒトが生き生きする姿がなんとも愛おしくて、嬉しい

近所の小学校の子たちの表情、あんまりウキウキした感じの子が少ないなとよく思う。

電車の中とか、外を歩いてる人で、生き生きした人も少ない気がしてる。

わたしもそうかもしれない。

まぁ、日々ブログしてるから、病気のように携帯を触っているけど笑、周りからどう見えてるだろうか?

だけど、この数日で、キラキラした子たちと触れ合えて幸せだったので、ちょっと書きたくなりました。

いたずらしている時の生き生きした表情が好き

先日、とあるキャンプの初日のお手伝いをしたとき。

全然、指示を聞かない子が何人かいるんです。

絶対に怒られそうなことを進んでやる。

水性ペンの先を抜いて違う色と変えたり。

柵によじ登ったり。

これやろうってこともやらないし。

ときにはヒヤヒヤするし、腹が立ったりも、心配にもなるけど。

ペン先戻してというと、一生懸命戻す。

最後抜けなくなったことを、ちゃんと持ち主に報告に行く。

一人ひとりと話してみると、どこか気づいてもらえない寂しさだったり、やりたいことの自己主張だったりして、彼らなりの主張なんだろなと感じる。

きっと大人にとって‘悪い‘と決めたこととかを、また同じように繰り返すかもしれないけど、その関わりから何かをきっと学んでる。

ペンを一生懸命、戻す彼らを見たり、会話したりしながら、本当に愛おしくなった。

ペンの先変えられたら私は嫌ややって伝えたけど、一生懸命な姿にキュンとした。

子どもたちのテンションあげるが大好き

どこへ行っても、子どもたちのテンションを上げてしまうわたし。

静かにする‘べき‘ところでも、子どもがテンションを上げてしまう。

周りの大人たちが、注意しちゃうくらい。

押さえつけられて、辛そうな顔してる子がいたから、少しずつ話しかけて。

広くない、会食の場面なのに、その子が掘りごたつの中にもぐったりしてうろちょろし出す。

私は一ミリも動かないけど、口だけでその子をあやつる。笑

あ、またやってしまったと私は思いながらもニヤニヤしてる。

だってそういうときって、子どもたちは生き生きした顔をする。

そんな顔が大好き。

でも、あとでおうちの人に怒られてる(私のせいだけどごめん)

実はテンション上げなくても生き生きした顔もたくさんあるけど、なんかね、動くスイッチを入れてしまう。

そんな瞬間が大好き。

話を聴くだけ

私が生き生きスイッチ入れるためにしているのは、話を聴くだけ。

最初は少し質問をするけど、話したいことが出てきたら、ずーっと話してくれる。

それをただ聴いて、広げていく。

へぇー!そうなんや!すごーい!それでどーなるん?

これはどーなん?

とか、知っていても知らないふりをして会話したり、ただただ聴く。

そしたら特に低学年までの子たちは、永遠と話してくれる。

それ以上の子たちも、興味あることなら話してくれる。

その姿がたまらんのよね。

昨日は、絵を描いてくれた子。

かなり前のめりで。

ほっこり。癒された。

カメラを熱く語るヒト

私もカメラ好きですが、あまり熱くなりすぎないようにしているところとかがあるけど。

私なんかよりはるかに熱いヒトがいて。

生き生きしていた。

眩しかった。

なんか、いつのまにか、そんな気持ち忘れてたなーなんて思ったり。

もともと私も熱いタイプだけど、最近は熱くなれなかった。

私がもっと生き生きする

そんな生き生きした姿をみて、私自身が生き生きと、楽しそうな姿であることが一番だなと改めて感じました。

‘真面目だね‘

とか、

‘熱いね‘

と言われるたびに、冷める気持ちがあったけど、本当は冷める必要もない。

何かに夢中になって、自分自身がもっとステキなオーラを放って、楽しくありたいなと。

仕事でも。なんでも、もっと楽しくしたいんですよね。

自分らしく、楽しく。生き生きと

なんか来年のテーマができた。

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mariko

mariko

主体的な学びを引き出すファシリテーター。大学時代に教えるということに挫折し、教えるだけでなく、自ら学ぶ姿勢を育むことを大切にしたいと考えるようになり、子どもたちの主体的な学びを支援する、小学校や中学校へプリント教材ソフトを提供する会社に勤める。好奇心旺盛な性格を生かし、“楽しく学びつづける“ことをテーマに、ファシリテーションや心理学、学びの引き出し方をはじめ、その他の好きなこと(カメラ、旅、料理のことなど)を、わかりやすく楽しく発信している。 プロフィールはこちら