学んで”分かる”と”解る”は大きく違うと言われてハッとした

学んでわかるようになるときの感覚って、とても楽しい!

『なんでこうなるんやろ、、、』『なんかこれは違う気がする』ともやもや、、、とする感じが、ハッとして、晴れてわかった!!ってなる感じ。

これが学びの『わかった』っていう感覚。

なんとなく、私はその感覚がわかっていたつもりだったのですが、とある先生とのお話の中で、さらにハッとしたことがありました。まさに『そうだ!わかった』と思った瞬間かもしれない。

『それは”分ける”方のわかるやからね。』

そう言われてハッとしたんです。まさにわかった瞬間。

私たちが学ぶときって、今はインターネットでもなんでも、いろーんな教材、いろーんなコンテンツがあります。

学校での学びも、⚪︎×で分けられるものと自分で学んだものを書いてわかっていくものとがあります。

私は、紙に書いたりして、学ぶ過程を大切にしています。大人になってあまりできていないところもあるけど、でも書くとか考える過程を残すことって絶対必要。

きっかけは、パソコンだったとしても、必ずプリントアウトしたり、ノートに書いたりと、自分の学ぶ過程を残すことを大切にしたいなと思っています。

だけど、世の中の流れは、二択、三択で選んで学ぶだけのものや、⚪︎×で判断されるだけのことが多くあったりする気がします。

それがだめ!っていうわけではなくて、学習の過程でツールとして使うことも必要かもしれない。わからないところを発見する!!とか、それはときにはそんな学習も必要。

でも、理解しておきたいのは、二択、三択で選ぶものは、学習が“分かった“ときの学びであるということ。

”分かる”=どちらかに分けてみたときに、こっち!と分かることであって、解る=自分の中で、わからなかった部分が解けて、”解る!”とは違う学びであるってこと。

過程の中では分かるも必要。なぜそうなるか、解るための学びももっともっと意識していきたい。

私が学生のときは、まさに分かる!学びをたくさんしてきたのかもなぁと今は感じることが多くて。

これまでの学びは、正解を導き出す学びが多い時代だった。私もいつも、正解はなんだろうって、答えはなんだろうって思って勉強していた。

⚪︎がたくさんつくように!って思って勉強していた。

だけど、もう時代が違う。答え探しじゃなくて、自分なりの考え方、解き方から学んだり、答えのない問いを考えたり、想像力豊かな学びに移行している。

ちまたを見れば、そこら中に授業動画が転がっているし、また増えてきている。

これって、教えるだけの授業って意味がなくなってくる予感。

だからこそ、次期指導要領にある、主体的、対話的な深い学びを授業の中で作っていくことに価値が出てくる。

学校がある意味の一つって学び合えることだから。

教えてもらうだけの学びではなくて、自分で頑張るポイントを決めて、時には周りの友達に教えてもらって、対話しながら学んでいく。

あ!!わかった!!って瞬間が増えて深い学びになる。”分かった”よりも”解った!!”がたくさんある学び、授業が増えますように。

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mariko

mariko

主体的な学びを引き出すファシリテーター。大学時代に教えるということに挫折し、教えるだけでなく、自ら学ぶ姿勢を育むことを大切にしたいと考えるようになり、子どもたちの主体的な学びを支援する、小学校や中学校へプリント教材ソフトを提供する会社に勤める。好奇心旺盛な性格を生かし、“楽しく学びつづける“ことをテーマに、ファシリテーションや心理学、学びの引き出し方をはじめ、その他の好きなこと(カメラ、旅、料理のことなど)を、わかりやすく楽しく発信している。 プロフィールはこちら